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RNAを修飾する遺伝子CMTR2の変異の意義を解明 免疫チェックポイント阻害薬、RNAスプライシング阻害剤への感受性が高い可能性を確認

【本学研究者情報】

〇加齢医学研究所 准教授 宇井彩子
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • RNAのスプライシング機構にミスが起こると、間違ったタンパク質ができ、がんの原因となることが知られています。
  • 今回、研究グループは、CMTR2遺伝子変異によりRNAスプライシングの編集ミスが起きやすくなることを発見しました。
  • さらに、CMTR2に変異があるがん細胞は、RNAスプライシング機構を抑制する化合物(例:RNAスプライシング阻害剤)や、免疫チェックポイント阻害薬に高い感受性を示すことがマウスを用いた実験により明らかになりました。
  • 本研究成果により、CMTR2遺伝子変異の有無によって、これらの治療効果を予測する可能性が示されました。今後、肺がん患者さんの検体や臨床経過等を分析して、さらなる検証が求められます。
  • また、CMTR2遺伝子変異と関連したRNAスプライシング機構を標的とした治療薬の開発にもつながることが期待されます。

【概要】

国立研究開発法人国立がん研究センター(東京都中央区、理事長:間野 博行)研究所 ゲノム生物学研究分野 中奥 敬史ユニット長、河野 隆志分野長、慶應義塾大学医学部内科学(呼吸器) 額賀 重成助教らの研究グループは、1,000例を超える肺がん試料を解析し、CMTR21という遺伝子に変異があると、メッセンジャーRNA(タンパク質の設計図)の編集過程であるRNAスプライシング注2にミスが起きやすくなることを明らかにしました。

さらに、CMTR2に変異があるがん細胞は、スプライシングを調節してがんを攻撃する化合物(スプライシング阻害注3)と免疫のブレーキを外してがんを攻撃しやすくする薬(免疫チェックポイント阻害薬注4)に高い感受性を示すことも分かりました。今回の成果は、「RNAスプライシング機構の異常」が遺伝子変異の多様性や薬剤耐性のため、治療が難しい疾患とされている肺がんの新しい治療標的になり得ることを示したもので、今後のがんゲノム医療への応用が期待されます。

本研究成果は、2025年11月6日付で、国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。

図1 RNAスプライシングとCMTR2遺伝子の変異 
メッセンジャーRNAは、不要な部分の情報(イントロン)を除き、タンパク質合成に必要な情報(エクソン)をつなぎ合わせる「RNAスプライシング」によってつくられます。CMTR2タンパク質は、CAP構造にメチル化5を行うRNA修飾酵素です。

【用語解説】

注1.CMTR2遺伝子
CMTR2は「Cap-specific mRNA (nucleoside-2'-O-)-methyltransferase 2」の略称で、RNAの保護と機能調節に重要な役割を果たす酵素を作る遺伝子です。メッセンジャーRNAは作られた後、すぐに分解されないように「キャップ」と呼ばれる保護構造が付加されます。CMTR2遺伝子は、このキャップ構造をさらに安定化させるための化学修飾(Cap2修飾)を行う酵素の遺伝子です。本研究により、肺がんやメラノーマなどにCMTR2遺伝子に変異が生じており、この酵素が変異によって正常に働かなくなることで、RNAスプライシング機構が大きく崩れることが初めて明らかになりました。

注2.RNAスプライシング
私たちの体は、DNAの情報をもとに、メッセンジャーRNA(mRNA)という設計図を作り、その指示でタンパク質を作ります。この下書きとなるRNAには、タンパク質を作るのに不要な部分(イントロン)を含むため、必要な部分(エクソン)だけをつなぐ編集作業が必要です。この作業がRNAスプライシングです。RNAスプライシングが乱れると、余計な部分が残る/必要な部分が抜けるなどの不具合が起き、異常なタンパク質が作られて、がんの性質(増殖しやすさ、薬の効き方など)に影響します。

注3.RNAスプライシング阻害剤
がん細胞の中には、RNAスプライシング機構に異常を抱えているものがあります。そのようながん細胞は、異常を補うために、残された正常なスプライシング関連タンパク質に強く依存している状態にあります。スプライシング阻害剤は、その依存しているタンパク質(本研究ではRBM39タンパク質)を選択的に分解する働きを持ちます。これにより、元々RNAスプライシング機構に欠損を持つがん細胞だけをより効率的に死滅に追い込むことができます。

注4.免疫チェックポイント阻害薬
私たちの体には、免疫細胞が正常な細胞を誤って攻撃しないように、「ブレーキ」をかける仕組み(免疫チェックポイント)が備わっています。がん細胞は、このブレーキの仕組みを利用して免疫細胞からの攻撃を回避し、体内で生き延びます。免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞がかけているこの免疫のブレーキを解除し、自身が持つ免疫の力で、がん細胞を再び攻撃できるようにする治療薬です。本研究でCMTR2変異を持つがんは、異常なRNAスプライシング機構の結果として、免疫チェックポイント阻害薬への効果が高まっている可能性が考えられました。

注5.メチル化
遺伝情報(DNAやRNA)に、「メチル基」という小さな化学物質の修飾を付ける化学反応のことです。この修飾が付いたり外れたりすることで、遺伝子のスイッチがオンになったりオフになったりするなど、その遺伝子の働きが調節されます。CMTR2タンパク質は、RNAの「キャップ」にこの修飾を付ける専門の酵素です。

【論文情報】

掲載誌:Nature Communications
タイトル:Mutation of CMTR2 in Lung Adenocarcinoma Alters RNA Alternative Splicing and Reveals Therapeutic Vulnerabilities
掲載日:2025年11月6日
DOI:10.1038/s41467-025-64821-0
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-64821-0

発表者:国立研究開発法人国立がん研究センター
額賀 重成 (Shigenari Nukaga、筆頭著者) 、白石 航也 (Kouya Shiraishi) 、望月 亮史 (Akifumi Mochizuki) 、浜口 悠 (Yu Hamaguchi) 、小川 衣未 (Emi Ogawa) 、Nguyen Thai Le 、島田 陽子 (Yoko Shimada) 、小野 華子 (Hanako Ono) 、西中村 瞳 (Hitomi Nishinakamura) 、小林 祥久 (Yoshihisa Kobayashi) 、遠藤 智 (Satoshi Endo) 、宮腰 純 (Jun Miyakoshi) 、白石 友一 (Yuichi Shiraishi) 、吉田 達哉 (Tatsuya Yoshida) 、後藤 悌 (Yasushi Goto) 、大江 裕一郎 (Yuichiro Ohe) 、渡辺 俊一 (Shun-Ichi Watanabe) 、谷田部 恭 (Yasushi Yatabe) 、西川 博嘉 (Hiroyoshi Nishikawa) 、浜本 隆二 (Ryuji Hamamoto) 、河野 隆志 (Takashi Kohno、共責任著者)、中奥 敬史 (Takashi Nakaoku、責任著者)

慶應義塾大学医学部
額賀 重成 (Shigenari Nukaga、筆頭著者) 、濱邉 健多 (Kenta Hamabe) 、浜本 純子 (Junko Hamamoto) 、扇野 圭子 (Keiko Ohgino) 、安田 浩之 (Hiroyuki Yasuda)

京都大学大学院医学研究科
荒木 望嗣 (Mitsugu Araki) 、寒河江 由香里 (Yukari Sagae) 、奥野 恭史 (Yasushi Okuno)

東北大学加齢医学研究所
宇井 彩子 (Ayako Ui)

川崎市立川崎病院
杉原 快 (Kai Sugihara)



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問い合わせ先

加齢医学研究所 広報情報室
TEL: 022-717-8443
E-mail:ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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