2025年 | プレスリリース?研究成果
細胞内チオールのリアルタイム可視化に成功 ―ラマンプローブの実用化に向け大きく前進―
【本学研究者情報】
〇薬学研究科合成制御化学分野
助教 山越 博幸
研究室ウェブサイト
【発表のポイント】
- 独自に開発したラマンプローブ(注1)「iPrCAA」により、体の酸化ストレスや疾病に関わる重要な生体成分であるチオール(注2)を、生きた細胞のままリアルタイムに計測することに成功しました。
- iPrCAAは小型設計で細胞内外に均一に広がりやすく細胞内の水を濃度の基準として利用できるため、従来よりも簡便にチオールを計測できます。さらに、安価で合成が容易であり光に対して安定で長期保存が可能です。
- 細胞内チオールの解析ツールとして生命科学研究で活用されるとともに、チオール濃度を基盤とした病気の診断への応用も期待されます。
【概要】
チオールは酸化ストレスの制御をはじめ、生体機能の維持に欠かせない分子として広く認識されています。しかし、生きた細胞内でその量を正確に測定することは難しく、生命科学における長年の大きな課題となってきました。
東北大学大学院薬学研究科の山越博幸助教らは、これまでに小型のラマンプローブ「ThioRas」を開発し、ラマン顕微鏡(注3)を用いてチオールを検出できる技術を報告していました。しかし、感度や水への溶解性に限界があり、生細胞中の内在性チオール(注4)を測定することはできませんでした。
今回、研究グループはこの課題を克服するために改良を重ね、より小型のアミド型(注5)プローブ「(E)-2-cyano-3-isopropylacrylamide(iPrCAA)」を新たに開発しました。iPrCAAは、チオールとより安定に結合することで高感度な検出を実現しました。また、水に良く溶ける性質を持ちます。これらの特徴により、ラマンプローブを用いた細胞内チオールのリアルタイム定量(注6)が初めて可能になりました。さらに、培養条件に応じて細胞内チオール量が動的に変化する様子を可視化することにも成功しました。
iPrCAAは簡便に化学合成でき、光の下でも安定に保存できるという利点も備えています。今後は商業化を通じて、生命科学研究の進展に貢献するだけでなく、生体内のチオール計測による疾患診断など、医療への応用も期待されます。
本研究の成果は、2025年11月10日にアメリカ化学会の学術誌 Analytical Chemistry に掲載されました。
なお本成果は、東北大学大学院薬学研究科のワンメイチェン大学院生、古賀圭祐大学院生、梶本真司准教授、栗山佑世博士、笹野裕介准教授、岩渕好治教授、中林孝和教授、および東北大学大学院医学研究科赤池孝章教授との共同研究によるものです。
図1. 開発したチオール検出プローブの構造
【用語解説】
注1. ラマンプローブ
分子に光を当てると、分子の振動によって波数(単位長さあたりの波の数)がわずかに変化した光が散乱されることがあります。この変化した光をラマン散乱光と呼びます。ラマン散乱光の単位としては、分子の振動の回数を表す「cm??」が用いられます。ラマンプローブとは、このラマン散乱光を利用して特定の物質や状態を検出できるように設計された分子です。対象となる物質と結合したり反応したりすると、特徴的な波数のラマン散乱光を発したり、強度が変化することで、その存在や量を調べることができます。
注2. チオール
アミノ酸のシステインや細胞内の抗酸化成分グルタチオンなど、SH基を含む分子の総称です。細胞の酸化ストレス応答などに関わる重要な生体成分です。
注3. ラマン顕微鏡
試料から出るラマン散乱光を測定するための顕微鏡です。ラマン散乱光の強さや波長の違いから、試料の中の分子の分布を画像として可視化できます。
注4. 内在性チオール
細胞の中にもともと存在するチオールのこと。外から加えられたものと区別して説明したいときに使われる言葉です。
注5. アミド型
アミドは、窒素と結合した炭素が酸素と二重結合でつながった小さな化学構造の一つです。タンパク質を構成する基本的な構造でもあり、水に溶けやすく安定な性質を持っています。このアミド構造を基本にした型を「アミド型」と呼びます。
注6. リアルタイム定量
リアルタイム定量とは、物質の量(ここでは濃度)を時間の経過に沿ってその場で測定?解析する手法を指します。前処理やサンプルの状態を変える操作を必要としないため、ありのままのサンプルを対象にできます。細胞イメージングでは、生きている細胞内の濃度変化を瞬間ごとに可視化することを意味します。
注7. 蛍光プローブ
特定の波長の光を当てると生じる蛍光を利用して特定の物質や状態を検出するために設計された分子です。対象となる物質と結合したり反応したりすると、特徴的な蛍光を発生することで、その存在や量を調べることができます。
【論文情報】
タイトル:Visualizing thiol stress responses in cells with a water-soluble Raman sensor
著者:Hiroyuki Yamakoshi,* Meichen Wang, Keisuke Koga, Shinji Kajimoto, Yuse Kuriyama, Yusuke Sasano, Takaaki Akaike, Yoshiharu Iwabuchi, and Takakazu Nakabayashi
*責任著者:東北大学大学院薬学研究科 助教 山越 博幸
掲載誌:Analytical Chemistry
DOI : 10.1021/acs.analchem.5c04391
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学大学院薬学研究科
助教 山越 博幸
TEL: 022-795-6847
Email: hiroyuki.yamakoshi.e1*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
(報道に関すること)
東北大学 大学院薬学研究科?薬学部 総務係
TEL: 022-795-6801
Email: ph-som*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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