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日周リズムを刻む時間脳機能の解明 -世界の受け止め方と記憶の相対性を支える仕組み-

【本学研究者情報】

〇生命科学研究科 教授 松井広
生命科学研究科 助教 生駒葉子
研究室ウェブサイト

【発表のポイント】

  • 脳の回路応答が一日の中で変化することを、光遺伝学(注1)を用いたラットの大脳皮質の神経刺激実験により明らかにしました。
  • 覚醒?睡眠圧に関わる神経調節物質アデノシン(注2)が、夜行性(注3)ラットの日の出時に神経活動を抑制していることを薬理学的に示しました。
  • 記憶や学習に関わる長期的増強現象(LTP)(注4)は、日の出前には誘導可能で、同じ刺激を日没時に与えても可塑性(注5)は生じませんでした。
  • 昼行性のヒトでは時間帯が異なると考えられますが、脳内環境の日周リズムを理解することで、時間帯に応じた学習、トレーニング、リハビリ、脳刺激の最適化が期待されます。

【概要】

私たちは、同じ刺激を受けても、脳の状態しだいで異なる体験として捉えることがあります。

東北大学大学院生命科学研究科の道念佑樹大学院生、生駒葉子助教、松井広教授(大学院医学系研究科兼任)らは、ラットを用いて、1日の時間帯による脳内での神経信号応答の変化を世界で初めて直接観測しました。ラットは夜行性動物であり、夜間での行動が盛んです。観測により、夜が明ける頃には、眠気に関わる神経調節物質アデノシン濃度が脳内に蓄積し、神経活動が抑制されることが明らかになりました。一方で、学習や記憶に関わる神経信号の長期的増強現象(LTP)は、日の出前の時間帯にのみ誘導可能でした。この結果は、脳の興奮性や可塑性が日周リズム注6)によって制御されていることを示しています。昼行性であるヒトでは最適な時間帯が異なると考えられますが、大脳皮質における基本的な神経回路の動作や記憶の成立しやすさが、脳内環境の時間的変動の影響を受けている可能性を示しています。脳内環境がゆるやかな日周リズムを刻む理由を理解することで、時間帯に応じた学習、トレーニング、リハビリ、脳刺激の最適化が期待されます。

本成果は2025年10月31日付でNeuroscience 亲朋棋牌誌に掲載されました。

図1. 脳神経信号の日周リズム。夜行性のラットは、夜間に活発に行動し、明け方に向かって疲労が蓄積し、日の出とともに睡眠が増えることが知られています。本研究では、ラットの大脳皮質の神経細胞を光遺伝学的に特異的刺激し、近傍に設置した電極から神経応答信号(局所電位変動:LFP)を記録しました。その信号強度を3日間にわたり解析した結果、日の出前(暁どき)に信号が小さく、日没前(黄昏どき)に信号が大きくなることが分かりました。このことから、脳内の神経信号には約24時間周期のリズム(日周リズム)が存在することが示されました。

【用語解説】

注1. 光遺伝学
光によって神経の活動をオン?オフできる技術であり、脳の信号処理や可塑性を解明する現代神経科学の主要な手法の一つである。この方法では、まず光に反応して細胞の活動を高めたり抑えたりするタンパク質を、特定の細胞に遺伝子操作で発現させる。次に、その細胞を含む組織に光を照射すると、光感受性タンパク質を持つ細胞だけが反応する。このようにして、組織全体の中から遺伝子的に区別された特定の細胞群のみを光で刺激できることから、「光(オプト)」+「遺伝学(ジェネティクス)」と呼ばれている。本研究では、ラットの脳の神経細胞にチャネルロドプシン2(ChR2)という光感受性タンパク質を発現させた。これにより、脳内に光を照射することで神経細胞のみを特異的に興奮させることが可能になった。

注2. アデノシン
脳がどれだけ活動したかに応じて蓄積し、眠気を誘うことで休息を促す「脳の疲労信号」として働く物質である。脳の神経活動が活発になると、神経細胞やグリア細胞からATP(アデノシン三リン酸)やアデノシンが細胞外へ放出される。放出されたATPは細胞外で分解されてアデノシンに変わるため、細胞外のアデノシン濃度が徐々に高まる。このアデノシンが、神経細胞に存在するA1受容体などに結合すると、神経活動が抑制的に調整される。その結果、ヒトでは日中の活動が続くほど眠気が強まり、睡眠や休息によってアデノシン濃度が低下すると再び覚醒しやすくなると考えられている。つまり、アデノシンは「脳の疲労メーター」や「睡眠圧(sleep pressure)」を示す指標のような役割を果たしている。一方、夜行性のラットでは夜間に活動が活発化するため、明け方に向けてアデノシンが蓄積すると考えられる。本研究では、このアデノシンの働きが、ラットの日の出前(Sunrise)に神経活動を抑制する要因になっていることを薬理学的に実証した。

注3. 夜行性
夜間に活動し昼間に休息する動物の生活リズムであり、ラットもこの性質を持つため、本研究では日周リズムの影響を観察するモデルとして用いられた。夜行性動物は、昼間は休息や睡眠をとり、夜になると採食?探索?社会的行動などを行う。こうした行動パターンは、体内時計(概日リズム)と光環境に応じた生理的制御によって調整されている。例えば、ラットやマウスなど多くのげっ歯類は夜行性であり、夜間に行動が最も活発になり、明け方にかけて次第に活動が低下して休息状態に入ることが知られている。

注4. 長期的増強現象(LTP)
神経回路が繰り返しの刺激によって強くなる「学習と記憶の神経基盤」のことを指す。神経細胞を高頻度で刺激すると、神経細胞同士の信号の受け渡しの場であるシナプスの伝達効率が高まり、その状態が長時間持続する。この変化によって、同じ刺激に対してもより強い神経応答が得られるようになる。LTPは、脳が経験を学習や記憶として刻み込む仕組みの一つと考えられている。本研究では、この可塑性(神経の変化しやすさ)が時間帯によって変化することが明らかになった。

注5.可塑性
神経回路が経験や活動に応じて変化し、機能を調整する性質のことを指す。「可塑(plastic)」という言葉は、形を変えられる粘土のような性質を意味し、脳が固定された構造ではなく、使われ方や刺激の種類によって神経のつながり方や強さを変えることを表している。脳の可塑性には、短期的な変化(神経活動の一時的な強弱)と、長期的な変化(シナプスの構造や機能の持続的な変化)がある。後者は学習や記憶の形成に深く関わっており、長期的増強現象(LTP)などがその代表的な例である。本研究では、この神経回路の可塑性の起きやすさそのものが、一日の時間帯によって変動することが明らかになった。これは、脳が「時間」という要素に応じて柔軟に機能を変えることを示している。

注6.日周リズム
およそ24時間周期で繰り返される生体のリズムのことを指す。このリズムは、体温、ホルモン分泌、心拍、血圧、睡眠?覚醒のサイクルなど、多くの生理現象に現れる。日周リズムの中には、体内時計(生物時計)によって自律的に刻まれるリズムと、昼夜の明るさや温度などの外的環境に同調して生じるリズムの両方が含まれる。体内時計によるリズムを特に「概日(サーカディアン)リズム」と呼び、外界の光環境に合わせて調整されるリズムと区別される。本研究では、この日周リズムによる脳内環境の変化が、神経回路の応答や可塑性に影響することが明らかになった。

【論文情報】

タイトル:Diurnal modulation of optogenetically evoked neural signals
著者:Yuki Donen, Yoko Ikoma*, Ko Matsui*
筆頭著者:東北大学 大学院生命科学研究科 超回路脳機能分野 大学院生 道念佑樹
*責任著者:東北大学 大学院生命科学研究科 超回路脳機能分野 助教 生駒葉子 教授 松井広
掲載誌:Neuroscience 亲朋棋牌 221: 104981.
DOI:https://doi.org/10.1016/j.neures.2025.104981

詳細(プレスリリース本文)PDF

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
教授 松井 広(まつい こう)
TEL: 022-217-6209
Email: matsui*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋 さやか(たかはし さやか)
TEL: 022-217-6193
Email: lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)

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